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仕事

遠回りする人生に無駄はない?近道に変える考え方で得た3つのもの

遠回りな人生

こんにちは、たつです。

自分の人生って遠回りしてばっかりだった。ここからここの期間って無駄だった。こんな風に昔をふと振り返る時があります。

でも信じたい・・・。遠回りはしたけど、良かったこともあるよね?と。

最短距離を超効率でひた走って来たら自分の人生はどれだけ上向きだったんだろう?今さらこんな事を考えてもしょうがないわけですが。

遠回りしている最中は、自分が遠回りしていると気づいていない。でも後で思い返してみると、その遠回りも無駄ではなかったな。

ある程度歳を重ねてくるとそう思い始めるものです。

そんな遠回りの人生でも、近道に変える考え方で得られた事もあります。今回はその3つのことを紹介します。

 

遠回りばかりの人生だった

遠回りの人生

僕は現在36歳になりました。今思い返すと、小学校の時からずいぶん遠回りな人生を歩んできたもんだと思っていました。

でもその当時は全くもって気づいていません。違う環境、比べる環境があるからこそ、「遠回りだった」と気付かされるのです。

いくつか紹介すると、

  • 小中高の通学に往復2時間〜3時間
  • 4年生大学を中退して専門学校に通う
  • 社畜生活10年

悲惨な人生の自慢ではないですよw

僕は地元が秋田なので、高校を卒業するまでは秋田のど田舎に住んでいました。

ど田舎エピソードを披露すると若干引かれるくらいの・・・。

小学校の時はあと数十メートルで「バス通学圏内」に入れず、6歳の時から片道3kmの通学路を毎日徒歩で通うことになります。

よく遊びに行く近所の友達が毎日バスで学校に通っているのに、なんで自分は歩いていかなきゃならないんだ。何度こう思ったことかw

どこに行くにも遠かったので、中学・高校も通学時間は異様に長かったんです。でもね、その当時の周りの人間も皆そうだったから、特別疑問にも思わないですよね。

大学も勉強についていけなくて2年留年したあげくに、結局中退しました。

その後就職した先では、始発から終電まで仕事をして寝に帰るだけの毎日。

もっと頑張っていれば違っていた、自分が甘かった、最善の方法を知っていれば。と後になると「無駄な時間」を過ごしていた時期が長かったなぁと思うわけです。

イチロー選手は「遠回りすることが一番近道」という名言を残していますが、僕の遠回りとは中身が違いすぎる・・・。

それでも遠回りすることは無駄ではなく、「近道」へと続くルートになっていると僕は思います。

遠回りする人生に無駄はない?

遠回り、無駄

もし人生をやり直せるなら、効率よく学んで最短距離を歩んでいきたい。

しかし遠回りして経験してきたことも無駄ではなかったと、今ははっきりと断言できます。

なぜなら「遠回り」することでしか分からない事がたくさんあるからです。

遠回り=失敗であるならば、僕は失敗をたくさん繰り返してきたことになります。その失敗の上に今の人生が成り立っているので、失敗から学んだことはとってもたくさんあります。

これはどんなことにも言えます。

失敗って、考えよう言いようによってはプラスの意味に反転します。

小学校の通学がアホみたいに長かった

小学校の徒歩通学がアホみたいに長かった
→風邪を引かない丈夫な体になった。6歳当時の「出来る限界」を子供に伝えられる。

6歳で片道3kmの道のりを、ランドセルを背負いながら通学するってなかなかに辛いな、と思うわけです。

子供のいい所は、まだ疑問に思わない所ですよね。ある程度大きくなる前に、「3kmの通学は当たり前」という考えが体に染み込んでいるので、卒業までなんなくこなせました。

この経験によって昔から体は丈夫で、風邪とは無縁の生活を送ってきました。

今では自分の子供に「まだまだやれる!頑張れる!」という気持ちの強さを伝えることだって出来ます。どこかから得た情報ではなく、実体験に基づいているからこその説得力もそこには出るはずなんです。

大学中退からの専門は時間の浪費

大学中退からの専門は時間の浪費
→ぐうたら生活を送った反転で、これからの人生で気が引き締まる。一人暮らしが長く「全部自分で」「自分のちからだけで解決する」が身につく。

大学を留年したのは「自分の甘さ」も大いにあったわけです。田舎から都会に出た僕は、大学の時はそれはそれはぐうたら生活していました。

その「ぐうたら生活」すら考えようによっては人生でプラスに働いています。

あまりにもぐうたらし過ぎたので、今その生活に戻ろうとしたらどこからかとんでもない「危機感」が襲ってきます。ある種の歯止めが効いている状態。

そして一人暮らしがとにかく長かったので、家事や勉強、遊び、生活管理も全て自分でやることになります。

それ以外にも頻繁に起きないようなトラブルへの対処も経験することになるので、色んな方向の「生きる術」を学びました。

長い社畜生活

長い社畜生活→忍耐力がつく。苦痛を乗り越える術を体得できる。

長い社畜生活は、今思えば苦痛の連続でした。でも人間って「苦境」や「苦痛」を乗り越えることで「重み」を増していく動物ですよね。

これら全ては、学ぼうと思って出来ることではありません。経験することによって身につくものばかりで、誰からも教えてもらえません。

一見無駄に見える行為でも、役に立つ経験値として自分の中に積み上がっている。そう感じるんですね。

なんでかっていうと、これからの人生にその「考え方」を利用することが出来るから。

僕の無駄だったと思う人生の一部を紹介しましたが、これらの経験をすることで僕の中にはある一貫した考えが根付いていました。

それはなんでも取り入れて情報として頭に入れておくということです。

触れたことのない物事、事象にはとりあえず触れておく。そこから何かしら感じることがあるからです。

遠回りする人生は感じることの多さに繋がる

イチロー

イチロー選手は遠回りでもそこに「努力」が一緒にセットでついているので、僕とは中身がちがって恐縮ですが・・・。

それでもイチロー選手のこの名言だけはとっても共感できるし、実体験からも頷けるんです。

大事なのは最短ルートを目指すのではなく、自分が目指した過程でどう感じたかということ。これが一番大事で、どんな情報に触れたって手にできないもの。

だからたくさん感じられるよう、とにかくやってみる。

そこで失敗したことは、無駄じゃないしね。

遠回りするほど「何かをたくさん感じる」ポイントは多くなるはずなんです。

その感じたことをこれからの人生でどのように活かしていくことが出来るのか。そこが大事だと思います。

こういう「考え方」が出来れば、遠回りも近道に変えることが出来ると思えてきます。

遠回りを近道に変える考え方で得た3つのもの

精神面

遠回りを近道だと思える考え方が出来て僕が得たものは全て「精神的な強さ」です。

その3つとは

  • 心の広さ、寛容さが身についた 
  • 自分に向き合う強さが身についた 
  • 継続は力なり

 

心の広さ、寛容さが身についた

心が広い

僕はムカつくことが無くなったと自覚しています。特に子供の頃は、怒りが抑えられなかったという感覚があったんですが、今はコントロール出来ていると自負できます。

そりゃ非人道的なことをされたりしたら怒りますけどねw

でも色んな遠回りから、自分がどう感じたかをいっぱい経験することで「ムカつく」とか「怒り」以外にもたくさんの感情があることが分かります。

人の言動などを素直に受け入れる事ができるってことですかね。自分でいうのもなんですが・・・。

指摘されたり、注意されると嬉しくてたまりませんね。そこの点で言えば僕はこれから成長出来るって意味なのですから。

自分に向き合う強さが身についた

遠回り

遠回りするってことは、自分に正直に生きてきたってことです。

他人に流されない自分を持ちながらも、自分の弱い所、直視したくないところを分かって認める。

他人の言葉でもそれを自分なりに選択してきたから今がある。素直さや誠実さがあるからこそ自分に向き合えると思うのです。

自分と向き合う、客観的に見られることでこれからも成長していけると思うと、とっても前向きになれます!

継続は力なり

継続は力なり

僕が遠回りな人生で一番身についたのはこれ「継続は力なり」だと思っています。

簡単なことではないですよね。最初から出来たわけじゃないですから。

「継続することで達成できる」と体が知っているんだと思うんです。

自分と向き合うという所とも繋がりますが、継続したことで得てきたことが実際に自分の中に存在しているから、それを原動力にしてまた頑張れる。頑張ることが苦じゃない。むしろ継続するだけなら簡単なことと思っています。

ただ継続する方向が間違っていたこともあったから遠回りしていた。こういうことなんです。

まとめ

遠回りを近道だと捉えられるかどうかは考え方次第。

その考え方が出来るようになって得られたと思うものは

  • 心の広さ、寛容さ
  • 自分に向き合う強さ 
  • 継続は力なり

この3つです。

今までの人生に嘘をつくことは出来ません。遠回りでもなんでも、過去の経験の上に今があるわけですからね。

遠回りしていたのかと考えるよりも、今に全力を注いでいくことで一個づつ道を作っていければいいかなと思います。

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